コラム

「科学的根拠がある」=「あなたに安全」ではない理由

2025.11.30/管理栄養士 菅原さち


この10年で栄養情報は大きく揺れ動きました。

かつては「糖質は悪だ。制限すべき」という言説が溢れていました。でも今は「やっぱり糖質は必要」という方向にシフトしている。その代わりに今「四毒」という新しい「悪」が浮上しています。

数多くの質問をもらうので、否定も肯定もしません。わかっていないことが、本当に多いからです。

ただし、これだけは伝えておきたい。


見えない被害が起きていた

かつてのタンパク質増加推奨の時代、私の顧客の中には意図せず被害を受けた人たちがいました。

某有名栄養学者の著作に従ってタンパク質を意識的に増やした人たち。「これが科学的だ」と言われたから信じた。でも半年後、血液検査で異変が出た:

  • BUN(尿素窒素)が異常に上昇

  • 尿蛋白がプラス判定

  • 血尿が出ている人もいた

腎臓が悲鳴を上げていたんです。

当時の栄養指導は「タンパク質をたくさん摂ると健康になる」と言い切っていました。でも実は、その言い切りの背景には、見落とされていた重大な限界があった。


なぜ「科学的根拠がある」のに、実害が出たのか?

答えは3つです。

1. 科学は「平均」を扱う

栄養学の研究データは集団を対象とします。つまり、「タンパク質○gの摂取は平均的には健康効果がある」という結論です。

でもあなたの体は統計の平均値に納まっていません

例えば、食物繊維が同じ量に含まれた食物を摂取しても、その代謝産物への変換効率に100倍もの個人差があることが報告されています。タンパク質の吸収能力、腎臓の処理能力、腸内細菌の構成——すべてが人によって違うのに、研究は「平均値」しか示さない。

タンパク質を大量摂取したら「平均的」には問題がなくても、あなたの腎機能が低めだったら?あなたの腸内細菌バランスが特殊だったら?その時点で、その情報はあなたには適用されません。

2. 疫学研究には時間がかかる

あなたが今読んでいる「科学的根拠」は、実は5年以上前の研究かもしれません。

疫学研究では膨大なデータが必要です。さらに、その後の段階的な追跡調査も必要。中には1970年代から始まり、複数世代にわたって今なお継続中のコホート研究もあります。

つまり:

  • 2018年に「タンパク質は多いほどいい」という研究論文が発表された

  • 2020年、その後の追跡調査で「特定の人には腎負荷が懸念される」という新知見が出た

  • でも2023年に書かれた健康本は、2018年の結果を引用している

「科学的根拠がある」は「現時点での理解」でしかありません。確定ではない。

3. 日本人とは全く違う体を対象にした研究が、日本人に適用されている

世界の栄養学研究の大半は欧米人を対象としています。

でも日本人と欧米人は遺伝的背景が異なります

日本人の腸内細菌叢の菌種組成は、12ヶ国と比較した時に国ごとに極めて特異的です。実際、菌種組成から出身国を推定した場合、日本人では100%の正答率になった。つまり、それほど独特なのです。

さらに遺伝学的には、東アジア人に特有の遺伝子多型(ALDH2遺伝子など)が、飲酒感受性だけでなく、食行動全体と体格に影響を与えています。日本人はお酒の代謝に進化的に適応してきた一方で、欧米人はパン摂取に適応してきた。進化の歴史が違うのです。

欧米人の大規模研究結果は「平均的な欧米人」について教えてくれます。でも「平均的な日本人」については、信頼度が落ちるのです。


同じ構造が今、起きている

「四毒」という概念が注目を集めています。

私は肯定も否定もしません。わかっていないからです。

でも認識してください。

現在、ある栄養学者たちは「四毒は体に悪い」と言い切る力を持っています。それは確信度の高さに見えます。でも実は、10年前のタンパク質推奨と、構造は同じかもしれない。

  • 集団データの平均を示しているだけかもしれない

  • 5年前の研究を参照しているかもしれない

  • 欧米人の研究を日本人に応用しているかもしれない


あなたは飲み込まれていないか?

強い言い切りには、常に危険性がある。

なぜなら、言い切る人は自信をもって語る力を持っているから。その力は説得力があり、知識がない人を飲み込みやすい。

でも歴史は繰り返す。

「タンパク質をたくさん摂るべき」という言い切りに従った人の中には、血液検査で異変が出た人がいました。その時、誰が責任を取ったでしょうか?

栄養情報は常に更新される。今の「正解」は10年後、覆るかもしれません。

だから、問い直してください。

  • その情報は「集団平均」ですか?あなたの個人差は考慮されていますか?

  • その論文は、いつ発表されたものですか?その後、矛盾する研究は出ていませんか?

  • その研究の対象は、日本人ですか?それとも欧米人ですか?

言い切られたことに、一度立ち止まる習慣。

それが、自分の体を守る最強の武器です。

連載一覧へ戻る